1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
(1)当事者及び特許
原告・控訴人はNetwork System Technologies LLC(以下「NST」)、被告・被控訴人はQualcomm Incorporatedほか2社(以下「Qualcomm」)。対象特許は欧州特許第1552399号、第1552669号、第1875683号である。
(2)第一審(ミュンヘン地方部:MLD)の経緯
NSTはQualcommに対し特許侵害訴訟を提起するとともに、統一特許裁判所協定(UPCA)第59条および統一特許裁判所手続規則(RoP)第190条に基づき、侵害立証に必要であるとしてQualcommのNoC(Network-on-Chip)技術に関するソースコード等の証拠提出命令を申し立てた(以下「本件190条申立て」)。
MLDは2026年3月11日付の判決(Decision)において、NSTの侵害主張の蓋然性が不十分であり証拠探索的(fishing expedition)であるとして、本件190条申立てを実質的に却下した上で、本案たる侵害請求を棄却(一部特許を無効化)した。しかし、MLDは判決書の理由中では申立て却下を明記していたものの、主文(operative part)への記載を脱漏し、教示欄にも本案判決に対する一般的な2ヶ月の控訴期間のみを記載していた。
(3)控訴審における手続経過
NSTは判決送達から2ヶ月以内である2026年5月11日に控訴を提起し、同年7月13日に提出した控訴理由書において、第一審による本件190条申立ての却下に対する不服(予備的申立て)を主張した。さらに同日、NSTは控訴審裁判所に対し、直接RoP第190条に基づくソースコード提出命令を新たに申し立てた。
2. 判決の主文
1. 原判決におけるRoP第190条に基づく証拠提出命令申立ての却下に対するNSTの控訴を、不適法として却下する。
2. NSTが控訴審において申し立てたRoP第190条に基づく証拠提出命令申立てを、不適法として却下する。
3. 主な争点
- 争点1: 本案判決(Decision)に包含された証拠提出命令申立て(RoP 190条)の却下に対する不服申立期間
(本案判決と同一の書面で一体として判断された場合、控訴期間は本案と同様の2ヶ月となるか、それとも「特権的命令(privileged order)」として15日となるか) - 争点2: 控訴期間徒過における「宥恕すべき過誤(excusable error)」の成否
(第一審裁判所が主文への却下の記載を脱漏し、教示欄に15日の期間を明記しなかったことが、期間徒過を正当化する例外的事情に該当するか) - 争点3: 控訴審における実質的に同一の証拠提出申立て(RoP 190条)の許容性
(第一審で却下された申立てと実質的に同一の証拠提出を控訴審で再申立てすることが認められるか)
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
(1)争点1について:申立却下決定の法的性質および15日の控訴期間の適用
- 法規範の適用:UPCA第59条に基づく証拠提出申立てに対する裁判所の判断は「命令(order)」の性質を有する。UPCA第73条第2項(a)およびRoP第220条第1項(c)、第224条第1項(b)は、いわゆる「特権的命令(privileged orders)」に対する控訴期間を一律に「命令送達後15日以内」と規定している。
- 形式の一体性の否定:AIM v. Supponor事件(UPC-CoA-500/2023)の先例のとおり、本案判決(Decision)と同一の書面内に含まれていようと、合議体により本案と同時に判断されようと、証拠提出申立てに関する判断はRoP第220条第1項(c)の「命令」であり続ける。通常の訴訟指揮命令(RoP 220.2条)とは異なり、特権的命令について本案控訴と一括して2ヶ月以内に不服申し立てを行う制度は予定されていない。
- 手続の迅速性・効率性:証拠開示に関する命令は本案審理に重大な影響を及ぼすため、迅速な確定が不可欠である。15日の短期期間を認めることで、控訴理由書提出前に開示証拠の要否を早期に確定させることが手続効率上要請される。
- 主文脱漏の影響:第一審が理由中で明確に申立てを却下している以上、主文への記載漏れはRoP第353条に基づく更正の対象となる「明らかな誤脱(obvious slip)」にすぎず、命令の存在そのものを否定する根拠にはならない。したがって、15日の期間を徒過したNSTの不服申立ては不適法である。
(2)争点2について:宥恕すべき過誤(Excusable Error)の不存在
- 規範:不服申立期間は当事者の延長合意や裁判所の裁量で延長できない絶対的期間(mandatory time limit)である(RoP 9.4条)。例外的に「宥恕すべき過誤」が認められるのは、裁判所の行為が通常要求される注意義務を尽くした当事者に決定的な混乱を生じさせた場合に限られる。
- 当てはめ:AIM v. Supponor決定によってRoP第220条第1項(c)の法理は既に明確化されており、通常の注意義務を尽くす弁護士・代理人であれば、本案判決書に含まれていても15日の控訴期間が適用されることを認識すべきであった。第一審の教示欠落や主文脱漏があっても、過誤を宥恕する例外的事情には該当しない。
(3)争点3について:控訴審におけるRoP第190条に基づく再申立ての不適法性
- 控訴手続の潜脱防止:第一審で既に実質的に審理・却下されたものと実質的に同一の証拠提出申立ては、控訴審で初めて提出された「新たな申立て(RoP 222.2条)」とは評価できない。これに対する唯一の救済手段は「適法な(期間内の)控訴」である。
- 「新たな事実」の要件(RoP 222.2条の類推適用):第一審で却下された証拠提出申立てを控訴審で適法に再申立てできるのは、第一審手続中に合理的に入手・主張できなかった「新たな事実(new facts)」に基づく場合に限定される。これを認めなければ、厳格な控訴期間および不服申立構造が無意味化・潜脱される。
- 当てはめ:NSTが主張する「控訴審における侵害論の精緻化」「開示態様の変更」「裁判例の進展」等は、いずれも第一審で主張可能であったか、単なる法的議論・理由づけの補強にすぎず、「新たな事実」には当たらない。したがって、控訴審における本件申立ては不適法である。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- 本案判決に包含された特権的命令(仮処分・証拠提出等)に対する「15日ルール」の厳格適用:
UPCA第49条(5)、第59条〜第62条、第67条に基づく申立て(証拠提出命令、差止仮処分等)に対する決定は、たとえ第一審の本案終局判決(Decision)の書面内で一体として下された場合であっても、独立した「命令(Order)」として送達後15日以内に控訴しなければならない。本案の控訴期間(2ヶ月)に引きずられて徒過すると不服申立権を永久に喪失する。 - 第一審の教示誤り・脱漏に対する自己責任原則:
第一審裁判所が判決主文に申立却下を記載し忘れたり、控訴期間の教示を誤記・脱漏したりした場合であっても、確立された判例(AIM v. Supponor等)がある以上、「専門家としての注意義務」を理由に宥恕(Excusable error)は極めて厳格に否定される。 - 控訴審における証拠開示(RoP 190条)の再申立制限:
第一審で却下された証拠提出命令を控訴審で再度申し立てることは、第一審で入手不能であった「新たな事実」を立証しない限り、控訴期間徒過の潜脱行為として一門打尽に不適法却下される。控訴審での主張の補強や開示条件の微修正では「新たな事実」として認められない点に留意が必要である。
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