1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、欧州特許第3 356 109号(発明の名称:「発泡樹脂製構造部品を備える車両用フレーム及びその製造方法」、以下「本件特許」)の特許権者である原告ら(Yellow Sphere Innovations GmbH 及び Erwin Härtwich)が、キャンピングカーメーカーである被告(Knaus Tabbert AG)に対し、被告製品(キャンピングカー「DESEO」及び「AZUR」に搭載されたフレーム)が本件特許のクレーム1を侵害しているとして、差止請求、情報提供請求、製品の回収・流通経路からの排除・廃棄請求、損害賠償請求及び補償金請求(ドイツ、フランス、イタリア、スロベニアを対象)を求めた事案である。
被告は非侵害を主張するとともに特許無効の反訴を提起し、さらに開発契約に基づくライセンス権および先使用権(独特許法第12条)の存在等を主張した。
原審(UPCデュッセルドルフ地方部)は原告らの侵害請求を概ね認め、被告の無効反訴を棄却したため、被告が控訴(侵害訴訟につきUPC-CoA-365/2025、無効反訴につきUPC-CoA-367/2025)した。被告はさらに、控訴審において新規先行技術文献(JP 2010-221502 A)を提出するとともに、UPC協定(UPCA)の時期的適用範囲やEU指令解釈等に関してEU司法裁判所(CJEU)への先決裁定付託(TFEU第267条)を申し立てた。
2. 判決の主文
1. 被告(Knaus Tabbert AG)の控訴をいずれも棄却する。
2. 被告は、控訴手続及び執行停止申立手続において生じた裁判費用ならびに原告ら(Yellow Sphere 及び Härtwich)に生じた訴訟費用その他の費用を負担する。
3. 侵害訴訟及び無効反訴の控訴審訴訟物を各500,000ユーロと定める。
3. 主な争点
- 争点1:UPCの時期的管轄権およびUPCA発効(2023年6月1日)前の行為に対する準拠法(不遡及原則の適用関係)
- 争点2:外国法(各国国内法)の主張・立証責任および執行指令(2004/48/EC)による推定
- 争点3:控訴審における新規先行技術(新証拠)の許容性(UPC手続規則(RoP)Rule 222.2)
- 争点4:本件特許のクレーム解釈(Product-by-Processクレームの性質・限定範囲および「車両用フレーム」の意義)
- 争点5:本件特許の有効性(記載要件/実施可能要件、新規性、進歩性)
- 争点6:特許侵害の成否、先使用権・ライセンス抗弁、およびCJEUへの先決裁定付託の要否
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
(1) 時期的管轄権および2023年6月1日以前の侵害行為に対する適用法
- 管轄権と準拠法の分離:UPCの裁判管轄権の有無と、実体法上の時期的適用関係は明確に区別される。条約不遡及原則(ウィーン条約法条約第28条等)はUPCが2023年6月1日前の侵害行為に関する訴えの管轄権を有することを妨げない(管轄権と実体法適用の非連動性)。
- 差止請求・救済措置(UPCA第63条、第64条):継続する侵害行為に対する差止(Art. 63)や、現在流通経路にある侵害品の回収・廃棄(Art. 64)は将来に向かって効力を生じる請求であり、発効前に侵害行為が終局的かつ真摯に停止されていない限り、不遡及原則に反せずUPCAが適用される。
- 損害賠償請求(UPCA第68条):個々の侵害行為ごとに請求権が発生するため、発効(2023年6月1日)前に完結した侵害行為に基づく損害賠償請求には、UPCA第24条第2項(a)・Rome II規則第8条第1項に基づき決定される各国の国内実体法が適用される。出願公開による仮保護に基づく補償金請求(EPC第67条)も同様に国内法が適用される。
- 手続法上の権能:主文判決において暫定損害賠償金の支払を命じる措置(RoP Rule 119)は手続規定であり、発効前の行為から生じた損害の回収手続にも適用される。
(2) 国内法(外国法)の主張・立証責任と執行指令の推定効
- 各国の国内法の実務的・学説的適用の内容は純粋な事実ではないが、その確定には当事者の主張・立証が必要であり、UPCA第54条が類推適用される。当該国内法上の有利な効果を主張する当事者が立証責任を負う。
- 知的財産権の行使に関するEU指令(執行指令 2004/48/EC)は全加盟国で国内法化されており、UPCA第68条第1項(損害賠償)および第67条第1項(情報提供請求)は同指令(第13条、第8条)と実質同一の最低基準を規定している。したがって、各国国内法もUPCAの各条文と同等であり、特許権者に不利には乖離しないという事実上の推定が働く(反証がない限りUPCAの基準に沿った請求が認められる)。
(3) 控訴審における新証拠(先行技術)の排除(RoP Rule 222.2)
- 被告が控訴審で初めて提出した先行技術文献(JP 2010-221502 A)について、第一審の答弁段階で「車両用フレーム」の解釈が争点となっていた以上、第一審判決の理由開示を待つまでもなく追加調査を実施して提出することが可能であった。
- 追加調査が「費用を要する」という理由は新証拠提出遅延の正当な理由にならない。手続の迅速性と相手方の防御権保護の観点から、裁量により当該証拠を却下した。
(4) クレーム解釈(Product-by-Processクレーム、工程順序等)
- Product-by-Processクレーム:物のクレーム(Erzeugnisanspruch)中に製造方法の特徴が含まれていても、クレームの性質は物のクレームである。製法特徴は物を間接的に特定する機能を有し、その製法によってのみ得られる特有の物性(Sachmerkmale)が存在する場合に限り、当該製法により得られた物にクレームが限定される。本件では、発泡樹脂の立体外形が実質的に発泡体自体で定まり、切削等の後加工を要しないという物性を意味する(金型が1つか複数かという具体的プロセス自体に限定されない)。
- 工程の順序:製法クレーム(クレーム10)において工程の順序が明示的に限定されていない場合、原則として記載順序は拘束力を有しない。ただし、技術的必然性(発泡樹脂注入前に保護層を敷設する必然性など)がある場合はその限りで順序が特定される。
- フレームの意義:「車両用フレーム」とは、自立型ボディ(モノコック等)とは区別され、車体の構造的安定性を自立して担う骨格構造を意味し、単なる窓枠や単一の補強部品はこれに該当しない。
(5) 特許の有効性(無効反訴の棄却)
- 実施可能要件(EPC第138条第1項(b)):当業者が過度な負担なくクレーム記載の技術的思想を実施できる程度に明細書に開示されており、図面と本文の矛盾による非開示の主張は当たらない。
- 新規性(EPC第54条):引用文献(WK3, WK4, WK5, WK7, WK26, WK31、公然実施)はいずれも、車体全体を支持する「車両用フレーム」としての構成および機能(構成要件1及び5)を直接かつ一義的(directly and unambiguously)に開示していない。「機械的負荷を受ける構造部品」という上位概念が開示されていても、下位の特定の用途・構成が開示されたことにはならない。
- 進歩性(EPC第56条):主引例(DE'933等)から「車両用フレーム」の構成・機能を導く動機付けはなく、被告の主張は具体性を欠く(substanzlos)ため進歩性を否定できない。
(6) 侵害成否、抗弁、およびCJEU先決裁定付託の却下
- 被告製品は、発泡樹脂コアと保護層の一体構造を有し、後加工なしで車両骨格を構成するものであり、クレーム1の全構成要件を充足する(2つの金型を使用する被告製法も本件特許の技術的範囲に含まれる)。ウェブサイト上での製品広告はUPCA第25条(a)の「申出(offer)」に該当する。
- 被告の先使用権(独特許法第12条)およびライセンスの抗弁は、過去の製品(Eurostar等)が特許発明を実施していないこと、および開発契約上の合意が別個のライセンス契約締結を前提としていたことから成立しない。
- 被告が申し立てたCJEUへの先決裁定付託事項(TFEU第267条)は、すでに判例上明白(Acte Éclairé)であるか、本件の結論を左右しない(不関連)ため、すべて却下した。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- UPCA発効前の旧侵害行為に対する実務指針の確立: UPCは発効(2023年6月1日)前に開始された侵害行為についても管轄権を有するが、「差止・回収・廃棄請求(将来効)= UPCA適用」 vs 「損害賠償・補償金請求(過去の完結行為)= 当該国の国内実体法適用」という二元的な準拠法判断モデルを確立した。
- 国内法(外国法)の証明と執行指令による立証負担の軽減: 国内実体法が適用される場面(発効前の損害賠償等)において、UPCA第54条の類推適用により当事者に立証責任が課されるものの、執行指令(2004/48/EC)に準拠した規定についてはUPCA第68条/第67条と同等であるとの事実上の推定が働き、特許権者側の過度な外国法立証負担が回避される実務が示された。
- 控訴審における新証拠提出制限(Front-loaded原則の徹底): UPC控訴審(Court of Appeal)は、第一審の解釈結果を受けてから行った追加調査に基づく新証拠(先行技術文献)を厳格に排除(Rule 222.2 RoP)した。調査費用が高額であること等を理由とする遅延提出は認められず、第一審段階での完全な主張・証拠提出が不可欠であることが再確認された。
- Product-by-Processクレームの厳格な物同一性判断: 製法特徴が含まれる物のクレームであっても、権利範囲は最終的な「物」の構造・物性によって画定され、特定の単一製造プロセスそのものに過度に限定解釈されないことが示された。
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