1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、特許権者である原告(BARCO NV)が、被告ら(YEALINK各社)に対して欧州特許(EP 3 732 827、以下「本件特許」)の請求項1, 6, 11, 12, 13の侵害を主張して提起した侵害訴訟(UPC_CFI_806/2025)、およびこれに対して被告らが上記各請求項の無効を求めて提起した無効反訴(UPC_CFI_185/2026)に端を発する手続上の決定である。
- EPO異議手続の先行と並行係属:本件UPC訴訟提起前より、欧州特許庁(EPO)異議部において異議申立手続が係属していた。BARCOは267件の補助請求を提出していたが、EPO異議部は付与特許の進歩性欠如等の心証(予備的見解)を示していた。
- UPCにおける訴訟経過:BARCOはUPC侵害訴訟を提起後、YEALINKの無効反訴に対し、本件特許の有効性を維持しつつ予備的請求1〜5(AR 1-5)を含む特許訂正申請(Rule 29 RoP)を行った。
- EPO口頭審理と新たな補助請求の導入:2026年6月17〜18日のEPO異議部口頭審理において、請求項1が進歩性を欠くとの判断が示されたことを受け、BARCOは従来の補助請求に代えて、従属請求項8および9の特徴を付加した新たな補助請求(AR PO-3D)をEPOに提出した。
- 本件申請:2026年8月4日、BARCOはUPC裁判所に対し、EPOで提出したAR PO-3Dに相当する「補助請求6(AR6)」を本件UPC手続に追加提出することの許可(Rule 30.2 RoPおよびRule 263 RoPに基づく手続・主張変更の許可)を申請した。
- 被告の対応:YEALINKは、当該申請の却下を求めるとともに、仮にAR6が許可される場合には手続停止(Rule 295(a)/(m) RoP)等を予備的に申し立てた。
2. 判決の主文
1. 原告(BARCO)が2026年8月4日付で提出した、統一特許裁判所手続規則(RoP)第30条第2項および第263条に基づく特許訂正の追加許可申請を却下する。
2. RoP第220条第2項に基づき、本決定に対する控訴(不服申立て)の提起を許可する。
3. 主な争点
- 争点1: RoP第263条第2項および第30条第2項に基づく事後的な特許訂正・主張変更の許容性
(原告が相当な注意義務(reasonable diligence)を払ってもより早期に提出できなかったか否か、および相手方の防御権を不当に阻害しないか否か) - 争点2: 無効反訴に対する防御としての訂正要件(RoP第30条第1項(b))の充足性
(無効反訴で攻撃されていない従属請求項を組み合わせた補助請求が、無効反訴に対する正当な防御手段としての関連性を有するか否か)
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
1. RoP第30条第2項および第263条の判断枠組み(規範の定立)
RoP第30条第2項は厳格な失権効規定(strict preclusion rule)であり、事後的な特許訂正申請は例外的な状況においてのみ認められる。UPC控訴裁判所(CoA)の確立した判例法に基づき、事後の訂正許可には、RoP第263条第2項が定める以下の累積的(二者双方を満たす)要件が必要とされる。
- 相当な注意義務を払っても、より早期の段階で当該補正・訂正を行うことができなかったこと(Rule 263.2(a) RoP)
- 当該補正・訂正が、相手方の訴訟追行(防御)を不当に阻害しないこと(Rule 263.2(b) RoP)
2. 本件事実に対する当てはめ(争点1について)
- 早期提出可能性と戦略変更の不許容:BARCOは侵害訴訟の当初から請求項8および9を権利行使の対象としておらず、訂正申請(AR 1-5)にもAR6を含めていなかった。EPO異議手続は本件UPC訴訟に先行して係属しており、両手続における補助請求の整合性を図る機会は当初から十分に存在した。EPOの口頭審理を契機として従前の主張を変更することは単なる「訴訟戦略の変更」に過ぎず、手続きの終盤においてこれを認めることはできない。
- 申請遅滞の正当化事由の不存在:BARCOは6月17日にEPOでAR PO-3Dを導入しながら、UPCへの申請までに7週間以上(相手方の準備書面受領後さらに2週間以上)を要している。EPOの議事録(minutes)の完成を待つ必要性は認められず、相当な注意義務を尽くしたとは評価できない。
- 相手方(YEALINK)の防御権の阻害:中間審尋期日および口頭審理期日が迫る段階で、当初主張されていなかった請求項8および9を含むAR6を導入することは、被告に対し新たな技術的検討、無効論および非侵害論の再構築を強いることになり、被告の訴訟防御を不当に妨げる。
3. 無効反訴に対する防御としての適格性(争点2について)
特許訂正は、相手方の無効主張に対する防御として機能しなければならず、訂正内容と相手方の無効論との間に「直接の関連性(connection)」が必要である。本件において、YEALINKの無効反訴は侵害主張の対象とされた請求項(1, 6, 11, 12, 13)のみを対象としており、請求項8および9は無効反訴の対象となっていない。したがって、原クレーム9に対応するAR6の導入は、無効反訴に対する正当な防御(Rule 30.1 RoP)とは認められない。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- UPCにおける「フロントロード型(初期集中型)」訴訟構造の徹底:UPC裁判所は、初期段階で主張・証拠・予備的訂正請求を網羅的に提出することを厳格に求めており、手続進行後の戦略変更やクレームセットの追加に対して極めて厳格な姿勢(失権効の徹底)を採ることが再確認された。
- EPO並行手続とUPC訴訟のクレーム戦略の峻別:特許権者が「EPOとUPCでクレームの不整合が生じ、将来的に二重訴訟のリスクがある(訴訟経済に反する)」と主張しても、それが特許権者自身の戦略的不一致に起因するものである限り、UPCにおける手続的遅延や事後訂正を正当化する理由にはならない。並行手続が存在する場合、当初から両手続の補助請求を整合させておく実務対応が不可欠である。
- 無効反訴の対象外のクレームを用いた訂正の限界:侵害主張していない従属請求項を組み合わせる形での訂正を行う場合、無効反訴の範囲と訂正内容との論理的関連性(connection)が厳密に審査されるため、出訴時における請求項の選定には細心の注意を要する。
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