1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
【当事者関係および背景】
原告(控訴人1)Dolby International AB(以下「Dolby」)は、Acer各社(被控訴人、以下「Acer」)に対し、欧州特許(EP 3 079 153)の侵害訴訟を統一特許裁判所(UPC)ハーグ地域支部に提起した。当該特許は、Vectis IP Ltd.(控訴人2、以下「Vectis」)が管理する「Vectis Opus Patent Pool」に含まれるものであり、VectisはDolby側を支援するため補助参加(intervention)を申請した。
【第1審における手続経過】
- 2026年2月13日:AcerはR. 305.1 RoP(手続規則)に基づき、Vectisを当事者として追加するよう請求。
- 2026年3月18日:AcerはDolby及びVectisに対しFRANDライセンス料率設定の反訴を提起(併せてDolbyに対し特許無効の反訴を提起)。
- 2026年5月1日:担当法官(JR)命令において、Vectisの補助参加を認めるとともに、Vectisに対するFRAND反訴を「適法(admissible)」と判断(以下「JR命令」)。
- 2026年7月8日:ハーグ地域支部合議体(Panel)は、DolbyおよびVectisによるJR命令の合議体審査請求(R. 333 RoP)を棄却。ただし「必要な範囲で(in as far as necessary)」VectisをDolby側の当事者として追加し、控訴を許可した(以下「原決定」)。
- 2026年7月23日:DolbyおよびVectisは原決定を不服として控訴を提起。
【控訴人の請求内容】
DolbyおよびVectisは控訴審(Court of Appeal)に対し、控訴の判決が出るまでの間、以下を請求した。
- 第1審(ハーグ地域支部)の全手続(侵害訴訟、無効反訴、FRAND反訴)の停止(Stay)
- (予備的請求)両控訴人に対するFRAND反訴手続の停止
- (再予備的請求)Vectisに対するFRAND反訴手続のみの停止
2. 判決の主文
DolbyおよびVectisによる第1審手続の停止請求、並びにその他の請求(停止的効力の付与等)をいずれも棄却する。
3. 主な争点
- 争点1: Dolbyによる控訴の適法性(不利益要件の充足性)
原決定およびJR命令の主文において、Dolbyに対する不利益な判断が存在しない場合、Dolbyに控訴人適格が認められるか。 - 争点2: R. 21.2 RoP または R. 295(m) RoP に基づく第1審手続の停止要件
管轄権や補助参加人に対する反訴の可否を争う控訴において、第1審手続を停止するための「例外的な事情(exceptional circumstances)」または「明白な誤り(manifest error)」が存在するか。 - 争点3: UPCA 74(1)条および R. 223 RoP に基づく控訴の停止的効力(Suspensive Effect)の付与要件
原決定の執行・効力を即時に停止すべき特別の必要性が認められるか。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
1. Dolbyによる控訴の不適法性(争点1について)
- R. 220.1/2 RoPおよびUPCA 73(2)条の定めに照らし、控訴を提起できるのは原審の判断によって「不利益を受けた当事者(adversely affected party)」に限られる。これは当事者の主張・請求が原審で全部または一部棄却されたことを意味する。
- JR命令の主文は「Vectisに対する反訴を適法と宣言する」とのみ判示しており、Dolbyに対する反訴の適法性について明確な判断を下していない。したがって、Dolbyは原決定によって不利益を受けておらず、Dolbyの控訴自体が不適法(inadmissible)である。よって、DolbyとAcer間の手続を停止する理由はない。
2. R. 21.2 RoP および R. 295(m) RoP に基づく手続停止の不認容(争点2について)
- 【原則】 先行異議(Preliminary objection)を却下する決定に対して控訴が提起された場合であっても、第1審の手続は不必要に阻害されることなく進行すべきであるという原則(UPCA 74(1)条、R. 19.6 RoP、MALA v Nokia事件判例)が適用される。したがって、控訴審が手続停止を命じるには「例外的な事情(exceptional circumstances)」が存在しなければならない。
- 【当てはめ】
- 控訴の認容・棄却にかかわらず、第1審ではAcerのFRAND抗弁、Vectisとの交渉記録、およびDolbyに対するFRAND反訴が不可避的に審理されるため、訴訟不経済等の例外的事情は認められない。
- 原決定に「明白な誤り(manifest error:直感的に保持不能と判断できる事実誤認や法的誤り)」が存在すれば例外的事情となり得るが、本件原決定は明白な誤りとはいえない。
- 管轄権に関する主張について:DolbyおよびVectisは、R. 19.1 RoPが定める1か月以内に「先行異議(Preliminary objection)」を正式に申立てておらず、期間が失念・失権している。第1審ハーグ地域支部は国際管轄権そのものを判断したのではなく、反訴の許容性のみを判断したと解されるため、この判断自体に明白な誤りはない。国際管轄の有無は本案判決において審理され得る。
- Vectisの当事者追加(R. 305 RoP / R. 315.4 RoP)に関する原決定の論理構成についても、本案控訴審で審理すべき事項であり、直ちに破綻しているとはいえない。
- R. 295(m) RoPに基づく事件管理上の手続停止についても、R. 21.2 RoPと同義の規範が適用されるため、同様に棄却される。
3. UPCA 74(1)条および R. 223 RoP に基づく停止的効力の否定(争点3について)
- 控訴の停止的効力を認めるには、控訴審の判断が出るまで現状を維持する(原決定の即時効力を回避する)控訴人の利益が、被控訴人の即時執行利益を「例外的に上回る」か否かを量量する必要がある(Xingi v Avient事件判例)。
- 原決定に明白な誤りが存在しない以上、現状維持の利益が例外的に優先する状況とは認められない。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
① 先行異議(Preliminary objection: R. 19 RoP)の手続的厳格性と失権リスク
UPC実務において、裁判所の国際管轄権や手続的適法性を争う場合、R. 19.1 RoPに基づく1か月以内の「先行異議」の申立てが厳格に求められる。本案に対する答弁やその他の主張書面で管轄権の欠如を主張しても、R. 19 RoPに基づく適法な異議とみなされず、R. 20 RoPによる早期裁判の機会を失うリスクがあることが再確認された。
② 決定・判決に対する「不利益(Adverse Effect)」要件の判例法理
控訴提起の要件である「不利益を受けたこと(R. 220.1/2 RoP, Art. 73(2) UPCA)」は、主文(Operative part)において自らに対する不利益な判断が出されていることを要する。実体的に密接に関連する共同当事者(本件におけるパテントプール管理者Vectis)に不利益判断が出されたとしても、自ら(特許権者Dolby)の主文上の不利益が存在しない限り、控訴人適格は否定される。
③ 控訴審における手続停止・停止的効力(R. 21.2 / R. 223 RoP)の極めて高いハードル
UPC控訴審はMALA v Nokia判例等を踏襲し、「第1審手続は原則として停止させずに並行進行させる」姿勢を鮮明にしている。管轄権や当事者追加の適法性という基本的問題が争点であっても、原審決定に「一見して明白な誤り(manifest error)」がない限り、第1審の停止や停止的効力は認められない。実務上、中間不服(訴訟手続に関する決定の控訴)を理由に第1審の審理をストップさせることは極めて困難である点を念頭に置いた訴訟戦略が必要となる。
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