1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
【当事者関係および事実経過】
原告・控訴人 Dolby International AB(以下「Dolby」)は、欧州特許(EP 3 079 153)の特許権者であり、被告・被控訴人 Acer各社(以下「Acer」)に対して統一特許裁判所(UPC)ハーグ地方分館(Local Division The Hague)に特許権侵害訴訟(UPC-CFI-1536/2025)を提起した。本件特許は Vectis IP Ltd.(以下「Vectis」)が管理する「Vectis Opus Patent Pool」に含まれており、VectisはDolbyを支援するため補助参加(Intervention)を申請した。
2026年3月18日、AcerはDolbyおよび補助参加人Vectisの双方に対し、FRAND条件設定(FRAND rate-setting)を求める反訴(UPC-CFI-1168/2026)を提起し、併せてDolbyに対して特許無効の反訴(UPC-CFI-982/2026)を提起した。原審の法廷指名裁判官(Judge-rapporteur)およびハーグ地方分館合議体(原審決定:2026年7月8日)は、Vectisの補助参加を許可するとともに、Vectisに対するFRAND反訴を適法と認め、さらに「必要な限度で」VectisをDolby側の当事者として追加(UPC手続規則(RoP)305条)する決定を下し、本件決定に対する控訴を許可した。
【控訴人らの申立内容】
DolbyおよびVectisは控訴を提起し、控訴審判決が出されるまでの間、RoP 21条2項(類推適用)、RoP 295条(m)(裁量による手続停止)、ならびにUPC協定(UPCA)74条(1)項およびRoP 223条(対外停止的効力の付与:suspensive effect)に基づき、以下の通り一審手続の停止を申し立てた。
- 主論的請求:第一審の侵害訴訟、無効反訴、およびFRAND反訴のすべての手続の停止。
- 予備的請求:DolbyおよびVectisに対するFRAND反訴手続の停止。
- 再予備的請求:Vectisに対するFRAND反訴手続のみの停止。
2. 判決の主文
控訴審裁判所(Court of Appeal)は、一審手続の停止および対外停止的効力の付与を求めるDolbyおよびVectisの申請をすべて棄却する。
3. 主な争点
- 争点1: Dolbyによる控訴および停止申請の不服の利益(適格性)
- 争点2: 控訴の提起に伴う第一審手続停止(RoP 21.2条, RoP 295(m)条)および対外停止的効力(UPCA 74条(1), RoP 223条)の認容要件(例外的事情の有無)
- 争点3: 原審決定における国際裁判管轄判断および補助参加人に対する反訴・当事者追加に関する「明白な誤り(manifest error)」の有無
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
1. Dolbyの控訴の不適法性(不服の利益の欠如)
RoP 220条1項およびUPCA 73条(2)項に基づき、控訴を提起できるのは原審の決定により不利益を受けた(敗訴した)当事者に限られる。原審主文はVectisに対する反訴の適法性およびVectisの当事者追加のみを判示しており、Dolbyに対するFRAND反訴の適法性については判断を下していない。したがって、Dolbyは原審決定による不利益を受けておらず、Dolbyの控訴自体が不適法である。これにより、DolbyとAcer間の第一審手続を停止する理由は存在しない。
2. 手続停止および対外停止的効力の法的判断基準(例外的事情の必要性)
RoP 19条6項およびUPCA 74条(1)項の根底にある原則に基づき、第一審手続は原則として控訴の提起によって妨げられることなく進行すべきである(MALA v Nokia事件判例参照)。 控訴審が例外的に手続停止や対外停止的効力を認めるのは、原審決定に「明白な誤り(manifest error)」が存在する場合、あるいは控訴人の現状維持の利益が被控訴人の即時執行利益を明確に上回るなどの「例外的事情(exceptional circumstances)」が存在する場合に限られる。
3. 本件における「明白な誤り」および「例外的事情」の不存在
- 国際裁判管轄の主張と時期失効:DolbyおよびVectisは、UPCのVectisに対する国際裁判管轄の欠如を主張する。しかし、両者は反訴の送達(2026年3月27日にアクセス可能となった)から1か月以内(RoP 19条1項)に先決的異議(Preliminary objection)を申し立てなかった。したがって、RoP 20条に基づく先決的管轄判断を行う時期は失効しており、管轄権の有無は本案判決において審理されるべき事項となった。原審が国際管轄権の決定を保留したまま反訴の形式的適法性のみを認めた点に、明白な誤りは認められない。
- 本案審理の重複性:本件控訴の認否にかかわらず、第一審の侵害訴訟においてAcerが主張する「FRAND抗弁」の一環として、VectisとAcer間の交渉経緯やオファー内容は不可避的に審理・判断される。したがって、反訴手続のみを停止する実益は乏しい。
- 当事者追加・予備的条件付決定の妥当性:原審が「RoP 315.4条により参加人が当事者扱いされないと控訴審が判断した場合に備えて、予備的にRoP 305条に基づき当事者として追加する」とした決定構造は、明確であり矛盾はなく、概観的評価(summary assessment)において破綻している( untenable )とは言えない。
以上の通り、原審決定に明白な誤りはなく、手続を停止すべき例外的事情も認められないため、すべての停止申請および対外停止的効力の付与の申請は棄却された。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
1. 先決的異議(Preliminary objection)のタイムライン管理の厳格化
UPC実務において、国際裁判管轄や本案前弁駁(訴訟要件の欠如)を争う場合は、RoP 19条1項に従い「反訴・訴状の送達から1か月以内」に先決的異議を申し立てなければならない。この期間を徒過して提出された異議(本案答弁やその後の主張)はRoP 20条に基づく迅速な即時決定の対象とはならず、本案判決まで判断が持ち越されることとなる。本判決は、この期間制限の厳格性を再確認している。
2. 控訴提起による手続停止・対外停止的効力(Suspensive effect)のハードルの高さ
UPC控訴審は、一審手続の遅延を防ぐため、中間決定に対する控訴があっても第一審の手続を原則として停止させない方針(MALA v Nokia判例の維持)を貫いている。停止が認められるための「明白な誤り(manifest error)」とは、仮説的・概観的審理の段階で直ちに判決が不当と判断できるレベルの重大な瑕疵を指し、複雑な管轄権や実体法上の解釈対立が存在するのみでは「明白な誤り」とは認定されないという実務基準が示されている。
3. 補助参加人(Intervener)に対するFRAND反訴および当事者追加の実務的扱い
パテントプール管理会社等の第三者が訴訟に補助参加した場合、被告から当該参加人に対してFRAND条件設定等の反訴が提起されるリスク、およびRoP 305条に基づく当事者追加の法的論点が審理される可能性が示された。ただし、当事者不服の利益( Standing to appeal )については個別の主文の直接的拘束力に基づき厳格に判断されるため、共同控訴の設計には細心の注意が必要である。
0 件のコメント:
コメントを投稿