【統一特許裁判所控訴裁判所(UPC Court of Appeal) / 2026年8月13日】UPC-CoA-884/2025 - 生体内血糖測定デバイス特許(EP 3 831 283)の有効性に関する特許取消訴訟控訴審判決

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、被控訴人(特許権者:Abbott Diabetes Care Inc.、以下「アボット社」)が保有する欧州特許第3 831 283号(以下「本件特許」)に対し、控訴人(取消請求人:Sibio Technology Limited、以下「シビオ社」)が特許無効を主張して特許取消を求めた事案の控訴審である。本件特許は、生体内(in vivo)血糖測定用オンボディデバイスの構造およびその組立方法に関する分割出願(原出願:WO 2013/090215 A2)に係るものである。

【手続の経緯】 シビオ社はUPCパリ中央部(第一審)に特許取消訴訟を提起したが、第一審は請求を棄却し、本件特許を維持する判決を下した。シビオ社はこれを不服として控訴を提起し、独立クレーム1(物)および15(方法)について、(1)出願当初の開示を超える事項の追加(新規事項の追加:Added Matter、UPC協定第65条(2)・EPC第138条(1)(c))、および(2)先行技術文献(D2: WO 2011/119896 A1 および D1: US 2008/255440 A1)の組み合わせに基づく進歩性欠如(Lack of Inventive Step)を理由とする特許取消を求めた。アボット社は特許の有効性を主張し、控訴棄却を求めた。

2. 判決の主文

1. 控訴人の控訴を棄却する。
2. 控訴審手続における被控訴人の訴訟費用およびその他の諸費用は控訴人の負担とする。

3. 主な争点

  • 争点1: 新規事項の追加(Added Matter)の有無(許されない中間的一般化 / 必須要素の省略)
    特定の実施形態に開示されていた「エンクロージャ凹部内のエラストマー封止部材(elastomeric sealing)」を含めずに、エンクロージャ下部外面の「凹部(recess)」等の構成のみをクレーム(クレーム1および15)に導入したことが、不当な「中間的一般化(intermediate generalisation)」または「発明の必須要素の省略」として新規事項の追加に該当するか。
  • 争点2: 進歩性(Inventive Step)の有無
    先行技術D2(WO'896)を出発点(starting point)とし、D1(US'440)を組み合わせることにより、当業者が本件特許の独立クレーム記載の発明(下方から凹部へセンサー組立品を嵌合・受容する構造)に容易に到達できたか。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1) 争点1について(新規事項追加の否定)

【判断規範】
裁判所は、新規事項追加の判断基準として、EPO拡大審判部決定G 2/10で確立されたいわゆる「ゴールドスタンダード(Gold Standard)」を適用した。すなわち、出願時の技術常識を考慮した当業者が、出願当初の開示全体から直接的かつ一義的(directly and unambiguously)に導き出せる範囲内であるかを判断する。特定の実施形態から一部の特徴のみをクレームに抽出し他の特徴を省略する「中間的一般化」は、省略された特徴とクレームされた特徴との間に「明確に認識可能な機能的・構造的関連性(不可分なリンク / an inextricable link)」がある場合に不適法となる。また、発明が達成しようとする技術的効果および省略された特徴がそれに寄与するか否かは、不可分なリンクの有無(当該特徴が発明に必須か否か)を評価する上で重要な考慮要素となる。

【本件への当てはめ】

  • 発明の核心と技術的効果:本件発明の核心は、センサー組立品をエンクロージャ下部外面の凹部に対して「下方から差し込む(plug-and-socket from beneath)」構成を採用することにより、装着直前にアプリケーター内で一体化されたオンボディデバイスを皮膚上で自由に位置決め移動させ、ワンステップで皮膚へ貼着・穿刺できるようにした点にある。
  • エラストマー封止部材の機能的・構造的関連性:電気的接続部を保護するための封止(シーリング)は、水分や汚れによる短絡を防ぐ一般的な機能にすぎず、クレームの骨子である「下方からの凹部受容による電気的結合」という技術的効果を達成するために機能的・構造的に不可分な要素ではない。
  • 明細書全体の開示:明細書中には、エラストマー封止部材を用いる構成以外にも、スナップ嵌合や軽圧入(light press fit)によって封止信頼性を確保する態様(段落[0102]、[0128]等)が開示されている。したがって、当業者にとって「凹部内にエラストマー封止部材を設けること」が唯一の構造または必須の要件であるとは理解されない。
したがって、エラストマー封止部材を含めずにクレームを特定したことは許されない中間的一般化には当たらず、新規事項の追加は認められない。

(2) 争点2について(進歩性の肯定)

【判断規範】
進歩性の評価においては、当業者の視点に基づき、クレーム全体・明細書・図面から理解される「客観的技術課題」を設定し、発明が先行技術に対して付加した技術的教示を検討しなければならない。

【本件への当てはめ】

  • 客観的技術課題:皮膚へ適用する直前までオンボディデバイスを皮膚上で自由に移動可能とし、センサーと電子部品組立品をワンステップで同時に適用できるデバイスを提供すること。
  • 先行技術D2の検討:シビオ社が出発点としたD2の実施形態(Figs. 150-158)は、電子部品組立品を皮膚に配置した後にセンサー側を「上方から」嵌合する構成(plug-and-socket from above)であり、事前に一体化して皮膚上を自由に動かす構成とはなっていない。したがって、D2の当該構成は上記課題を解決するための合理的な出発点とはなり得ない。
  • D1との組み合わせの検討:仮に出発点とした場合であっても、D1(US'440)の開示は上方からエンクロージャを被せる構成にすぎず、本件発明のように「エンクロージャ下部外面の凹部に下方からコネクタ支持部を受容させる」構造(特徴1.4〜1.6)を開示・示唆していない。したがって、両者を組み合わせても当業者が本件発明に容易に想到することはできない。
したがって、本件各クレームに係る発明は進歩性を有する。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • UPC控訴審における中間的一般化(Intermediate Generalisation)の審査基準の明確化: UPCは、EPOの実務(G 2/10等のゴールドスタンダード)を踏襲しつつ、クレームから省略された特徴が「不可分なリンク(inextricable link)」を有するか否かの評価において、「発明が企図する技術的効果(technical effect)」および「当該特徴がその効果達成に寄与しているか」を実質的な判断要素として位置づけた。
  • クレーム範囲外の実施形態を含む明細書全体の参酌義務: 特定の特徴が発明にとって本質的(essential)か否かを判断する際、クレームの文言に直接合致する実施形態の記載のみならず、明細書全体の異なる実施形態(本件における上方嵌合型や他の封止態様)における共通の技術思想・代替手段の開示を総合的に参酌して技術常識を当てはめるべきことが示された。
  • 進歩性判断における「出発点(Starting Point)」の適格性: 客観的技術課題の解決手段とは逆の構造的前提を持つ先行技術の実施形態は、容易想到性判断における適切な出発点とは認められず、後知恵(hindsight)に基づく恣意的な組み合わせ主張は排斥されるという実務判断が再確認された。

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