1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、特許権侵害訴訟および無効反訴における「特許侵害の認定を条件とする無効反訴(conditional counterclaim for revocation)」の許容性と、原審が非侵害判決(条件不成就)を下した後の控訴手続の取扱いが争われた事件である。
- 事実経過:
- 特許権者であるEmboline(原告/反訴被告)は、AorticLab(被告/反訴原告)を相手取り、欧州特許(EP 2 129 425)の侵害訴訟を提起した。
- AorticLabは当初、無条件の特許無効反訴を提起していたが、第一審(ミュンヘン地方部:LDM)の口頭弁論期日において、反訴請求を「裁判所による特許侵害の認定」を停止条件とする旨に変更した。
- LDMは、非侵害の判断を下すとともに、停止条件が不成就となったため無効反訴の実体判断を行わず、反訴費用は不必要に生じたものとしてAorticLabに負担を命じた(2026年1月13日付判決)。
- Embolineが非侵害判決を不服として控訴(UPC-CoA-40/2026)を提起。これを受け、UPC控訴裁判所(裁判長・報告判事)は2026年7月16日、条件付無効反訴の控訴手続に関する明確化決定(Clarification Order)を発出した。
- AorticLabは同明確化決定を受けて控訴状・控訴理由書を提出するとともに、控訴期間徒過に対する権利回復申請(R. 320 RoP)を申し立てた(UPC-CoA-123/2026)。
- Embolineは明確化決定を不服として再審理請求(R. 333 RoP)を申し立て、条件付無効反訴自体がUPCA上許されないこと等を主張した。
- 当事者の主張骨子:
- Emboline(特許権者):UPCAおよび手続規則(RoP)上、侵害認定を条件とする無効反訴は認められない。請求の取り下げに準じてR. 265 RoPを適用し、反訴被告(特許権者)の正当な利益(有効性の確認)を考慮すべきである。また、仮に許されるとしても原審が非侵害とした時点で反訴は消滅しており、控訴は不適法である。控訴審で侵害が認められた場合も第一審に差し戻すべきである。
- AorticLab(実施者):当事者自治に基づき請求を条件付に制限することは可能であり、明確化決定に従って提起した控訴および権利回復申請は認められるべきである。
2. 判決の主文
UPC控訴裁判所第2部は以下のとおり決定した。
- Embolineによる2026年7月16日付明確化決定に対する再審理請求(R. 333 RoP)およびその申立事項をすべて却下(reject)する。
- AorticLabの控訴状および控訴理由書提出に関する権利回復申請(R. 320 RoP)を認容(re-establish)する。
- AorticLabが2026年7月24日に提出した控訴状および控訴理由書を適法(admissible)と宣言する。
- Embolineの答弁書提出期間を、控訴状・控訴理由書提出後2ヶ月(2026年9月24日まで)に短縮・設定する。
3. 主な争点
- 争点1: 侵害認定を停止条件とする特許無効反訴(条件付無効反訴)の許容性
(UPCAおよびRoP上、侵害訴訟の判断を条件とする無効反訴の提起・変更が認められるか、R. 263.3 RoPが類推適用されるか) - 争点2: 条件付無効反訴の法的性質(訴訟間条件か訴訟内条件か)と不服申立方法
(非侵害により第一審が実体判断を行わなかった場合、反訴原告に控訴の利益があるか、別個の控訴を要するか/付帯控訴が可能か) - 争点3: 控訴審における自判の可否と第一審への差戻しの要否(R. 242.2(b) RoP)
(控訴審で侵害が認定された場合、第一審で未判断となった無効理由を控訴審が自判すべきか、差戻しとすべきか) - 争点4: 控訴期間徒過における権利回復(R. 320 RoP)の要件充足性
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
(1) 条件付無効反訴の許容性とR. 263.3 RoPの類推適用(争点1について)
- 処分権主義と請求の縮減:UPCA第43条および第76条第1項に基づき、審判の対象を決定する権能は当事者にある(当事者の専権事項)。反訴を侵害認定にかからせることは、裁判所に実体判断を求める状況を限定する「請求の減縮(limitation of claim)」に該当する。
- R. 263.3 RoPの類推適用:請求の減縮を無条件で申し立てる場合、相手方の手続的地位を害さないため常に許可される(R. 263.3 RoP)。条件付反訴に関する明文規定の欠落は「立法上の意図せざる間隙」であり、R. 263.3 RoPが類推適用される。取下げ(R. 265 RoP)の適用余地はない。
- 特許権者が主張する「有効性の積極的確認判決を得る正当な利益」は、UPCA上認められておらず(非侵害確認訴訟はあるが、有効確認請求の制度はない)、条件付とすることを拒否する理由にはならない。
(2) 「訴訟間条件」としての性質と別個の控訴の要否(争点2について)
- 侵害訴訟と無効反訴は別個の独立した訴訟である(UPCA第32条(1)(a)(e)、第33条(3)(b)等)。したがって、侵害認定を条件とすることは「訴訟間条件(inter-procedural condition)」である。
- 不服申立の手続構造:独立した訴訟であるため、侵害訴訟の控訴に対して無効反訴の付帯控訴(cross-appeal: R. 237 RoP)を行うことはできず、「侵害訴訟について控訴が提起されること」を条件とする別個の独立した控訴(conditional appeal)を提起する必要がある。
- 「裁判所(the Court)」の解釈:特段の限定がない限り「裁判所」とは第一審および控訴裁判所の双方を含む(UPCA第2条、第6条)。第一審で非侵害となっても反訴は消滅せず、控訴期間中および控訴審において係属(pending)し続ける。第一審の判断(条件不成就・費用負担命令)により反訴原告は不利益を受けており、控訴の利益を有する。
(3) 控訴審による自判の原則(争点3について)
- R. 242.2(b) RoPの「判断を怠った(failed to decide)」とは、裁判所の過失のみならず、第一審で理由の如何を問わず判断されなかった事項全般を指す。
- 控訴審が侵害を認めた場合、第一審で未判断となった無効理由を控訴審自ら判断(自判)することが原則であり、差戻し(referral back)を正当化する「例外的事情」には当たらない(UPCA第75条第1項、R. 242.2(b) RoP)。二審制をすべての論点について保障する基本権は存在しない。
(4) 権利回復申請の認容(争点4について)
- 条件付反訴の控訴実務が前例のない論点であったこと、第一審判決が「訴訟内条件」と表現したため付帯控訴が可能と誤解する合理的な理由があったことから、AorticLabは「相当な注意を払っていたにもかかわらず期限を徒過した(all due care)」と認められる。
- 明確化決定から1ヶ月以内に権利回復申請および控訴理由書を提出しており、R. 320 RoPの要件を充足するため申請を認容する。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- 実務的影響(防衛側の訴訟戦略):UPCにおいて、被告(被疑侵害者)は「侵害認定を停止条件とする無効反訴」を有効に提起・変更できることが確定した。これにより、非侵害の心証が強い場合に、不必要な無効審理の費用や負担を軽減する戦術が可能となる。
- 控訴実務上の極めて重要な留意点:
- 第一審で「非侵害+無効反訴の実体判断なし(条件不成就)」となった場合、特許権者が侵害について控訴した際、被告側は付帯控訴(Cross-appeal)で無効反訴を復活させることはできない。
- 被告側は、第一審判決の送達から規定の期間内(R. 224 RoP)に、「原告が侵害控訴を提起することを停止条件とする別個の控訴(Conditional Appeal)」を独自に提起しなければならない点に実務上最大限の注意を払う必要がある。
- 一審不判断論点の控訴審自判:第一審で審理されなかった無効理由であっても、控訴審で侵害が覆った場合は差戻しではなく控訴審で一括して実体判断されるため、控訴審段階で無効主張を完全に展開・立証しておく必要がある。
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