1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、特許権者であるEmboline Inc.(以下「Emboline」)が、AorticLab, srl(以下「AorticLab」)を相手取り、欧州特許第2 129 425号の侵害訴訟をミュンヘン地方部(LDM)に提起したことに端を発する。これに対しAorticLabは特許取消の反訴(counterclaim for revocation)を提起したが、口頭弁論期日において、当初の請求を維持せず、「裁判所(the Court)により特許侵害が認定されること」を停止条件とする条件付特許取消反訴へと請求を限定した。
第一審(LDM)は非侵害と判断し、反訴を判断するための条件が成就しなかったとして反訴の実体判断を行わず、反訴費用は不必要に発生したものとしてAorticLabに負担させた。Embolineは非侵害判決を不服として控訴(UPC-CoA-40/2026)を提起した。
控訴裁判所は2026年7月16日付の明確化決定(Clarification order)において、侵害認定を条件とする取消反訴の許容性および原告控訴時における反訴原告の不服申立手続を明示し、AorticLabに対して権利回復申請(R. 320 RoP)の機会を示唆した。これを受けてAorticLabは控訴状・控訴理由書および権利回復申請(UPC-CoA-123/2026)を提出した。一方、Embolineは明確化決定に対する再審査請求(R. 333 RoP)を申し立て、条件付反訴の違法性、控訴の不適法、権利回復の不許可、および仮に審理される場合でも第一審への差戻しを行うべき旨を主張した。
2. 判決の主文
控訴裁判所は以下の通り決定した:
- 明確化決定に対するEmbolineの再審査請求(Review)および同請求内の申立てをすべて棄却する。
- AorticLabによる第一審判決に対する控訴状および控訴理由書を提出する権利の回復(Re-establishment of rights)を認容する。
- AorticLabが2026年7月24日に提出した控訴状および控訴理由書を適法と宣言する。
- 答弁書(Statement of response)の提出期限を、控訴状等提出から2ヶ月間(2026年9月24日まで)に短縮・設定する。
3. 主な争点
- 争点1: 条件付特許取消反訴の許容性と法的性質
UPCAおよび手続規則(RoP)上、特許侵害認定を条件として特許取消反訴を係属させることが認められるか、またその条件は「手続内条件(intra-procedural)」か「手続間条件(inter-procedural)」か。 - 争点2: 条件不成就時の訴訟係属・控訴利益および控訴の方式
第一審で非侵害(条件不成就)により反訴が実体判断されなかった場合、反訴原告に控訴利益が認められるか。また、その不服申立ては附帯控訴(cross-appeal)によるべきか、別個の(条件付)控訴によるべきか。 - 争点3: 控訴審で侵害が認定された場合の審理管轄(差戻しの要否)
控訴審において侵害が認められ条件が成就した場合、RoP 242条2項(b)に基づき控訴裁判所が自判すべきか、第一審へ差し戻すべきか(同条の「failed to decide」の解釈)。 - 争点4: 控訴期間徒過に伴う権利回復申請(RoP 320条)の要件具備性
反訴原告による控訴期間の徒過に「不可抗力/相当な注意を尽くしたこと(all due care)」が認められるか。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
1. 条件付取消反訴の許容性およびRoP 263条3項の類推適用
- UPCA 43条および76条1項(処分権主義)に基づき、請求の対象を特定・決定する権能は当事者にある。請求を条件付とすることは、実体判断を求める状況を限定する「請求の限定(limitation)」にあたり、相手方の手続的地位を害さないため、RoP 263条3項(無条件の請求限定の許可)が類推適用され、当事者の正当な権利として認められる。
- 侵害訴訟と取消反訴は別個の訴訟(UPCA 32条1項、33条3項(b)、RoP 265条2項)であるため、侵害認定を条件とすることは同一手続内の条件ではなく「手続間条件(inter-procedural condition)」である。
2. 訴訟係属、控訴利益および控訴手続
- 当事者が別段の明示(例:「第一審裁判所」)をしない限り、「裁判所(the Court)」による侵害認定という条件は第一審および控訴裁判所の双方を含む(UPCA 2条、6条)。したがって、第一審が非侵害とした場合でも反訴は消滅・取下げ(RoP 265条)となるわけではなく、控訴期間中も「係属」し続ける。
- 侵害原告が非侵害判断を不服として控訴した場合、控訴審で侵害認定(=条件成就)がなされると第一審の条件不成就判断および費用負担判断が覆るため、反訴原告には正当な控訴の利益が認められる。
- 侵害訴訟と反訴は別個の訴訟であるため、侵害訴訟の控訴手続内で反訴判決を争う附帯控訴(cross-appeal)はなし得ず、侵害原告の控訴を条件とする「別個の控訴」(RoP 220条1項(a))を提起しなければならない。
3. 控訴裁判所による自判の原則(差戻しの否定)
- RoP 242条2項(b)に規定される第一審が「判断を怠った/判断しなかった(failed to decide)」とは、裁判所の過失のみを指すのではなく、理由の如何を問わず第一審で判断されなかった事項全般を含む。
- 第一審で条件不成就を理由に実体審理されなかった無効理由はこれに該当し、原則として第一審へ差し戻す「例外的事情」には当たらない。反訴の併合審理の趣旨(迅速性・判断の同時性)およびUPCA 75条1項に基づき、控訴審が侵害を認定した場合は控訴裁判所自身が無効理由を自判する。当事者には全論点を二審制で審理される基本的権利までは保障されていない。
4. 権利回復(Re-establishment of rights)の認容
- 条件付反訴の控訴手続に関する規定はUPCA・RoPに明文化されておらず、第一審が本条件を「手続内条件」と表現したこと等から、AorticLabが附帯控訴で対応可能と誤信したことには合理的な信頼の基礎があった。
- 明確化決定により手続準則が初めて示されたことから、期間徒過は当事者のコントロールを超えた事由によるものであり、RoP 320条に基づく権利回復の要件(相当な注意義務の履行、事由消滅後1ヶ月以内の申請)を充足する。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
本決定は、UPC実務における「条件付特許取消反訴(Conditional Counterclaim for Revocation)」の許容性と、その上訴手続に関する統一的準則を確立したリーディングケースである。
- 防御的無効主張と費用の最適化: 被告は、侵害が認定されない限り無効審理を求めない「条件付反訴」を用いることで、無用な無効審理手続および訴訟費用の浪費を回避しつつ、防御権を確保できる実務が公認された。
- 上訴手続における厳格な分別(附帯控訴の不可): 侵害訴訟と取消反訴は外観上一つの判決書にまとまっていても別訴である。侵害原告の控訴に対抗して反訴の判断を求める場合、侵害控訴手続に対する「附帯控訴」ではなく、「侵害原告の控訴係属を条件とする独立の条件付控訴」を期間内に申し立てる必要がある点に実務上の重大な注意を要する。
- 控訴審における自判主義の徹底: 第一審で侵害不成立・条件不成就により無効理由が全く実体審理されていない場合であっても、控訴審で侵害が認められれば第一審への差戻しは行われず、控訴審(技術裁判官2名を含むパネル)が初回かつ最終判断として無効判断を行う。第一審段階から反訴の実体主張・立証を十分に尽くしておくことが実務上不可欠となる。
0 件のコメント:
コメントを投稿