1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、鶏卵等の陳列・流通パッケージおよびその製造方法に関する欧州特許(EP 2 755 901 B1、以下「本件特許」)の特許権者である原告/控訴人(兼反訴被控訴人)Hartmann Packaging A/S(以下「Hartmann社」)が、被告/被控訴人(兼反訴控訴人)Omni-Pac Ekco GmbH Verpackungsmittelら(以下「Omni-Pac社」)に対し、同社の鶏卵パッケージ製品「ComPac」(以下「被告製品」)が本件特許のクレーム1、5、6、8等を侵害しているとして、差止、情報提供、製品廃棄、損害賠償等を求めて提訴した事案である。 これに対しOmni-Pac社は、非侵害を主張するとともに、先行技術(GDM1: EP 1 389 590 A1、GDM6等)に基づく新規性・進歩性欠如等を理由として本件特許の取消(無効)を求める反訴を提起した。
第1審(デュッセルドルフ地方部)は、(1) クレーム1(付与時)はGDM1に基づき進歩性を欠くが、補助請求2(限定減縮)により有効に維持される、(2) クレーム6(方法クレーム、付与時)は有効である、(3) 被告製品は特許発明の構成要件を充足せず特許権を侵害しない(均等の主張は時機後れとして却下)、として侵害請求を棄却した。双方がこれを不服として控訴した。
2. 判決の主文
1. Hartmann社の控訴(UPC-CoA-908/2025[侵害]およびUPC-CoA-909/2025[取消反訴])をいずれも棄却する。
2. 第1審判決主文A項(取消反訴に関する判断)を取り消し、次の通り変更する:本件特許(EP 2 755 901 B1)は、補助請求2に基づくクレーム(クレーム1〜8)の範囲を超えて、有効国全域において取り消す(クレーム6の原クレームを取り消し、補助請求2の範囲で有効維持)。
3. 被告製品による特許権侵害は成立しない(第1審判決の侵害請求棄却を維持)。
4. 訴訟費用の分担:侵害控訴(908/2025)の費用はHartmann社が全額負担する。取消反訴控訴(909/2025及び918/2025)の費用はHartmann社が75%、Omni-Pac社各社が各12.5%を負担する。
3. 主な争点
- 争点1: 手続上の争点(控訴審における新主張および新証拠の許容性 / RoP 222.2条)
Hartmann社が控訴審で新たに提出した証拠(Annex 31〜34)およびクレーム解釈に関する新たな法的議論の許否。 - 争点2: クレーム解釈(構成要件2.2および6.1.2.1「上方に延びる保持突起」等の解釈)
「保持突起(retainment projection)」が、従来技術にみられるヒンジ連結された柔軟な閉鎖フラップ(flexible locking flap)を含むか、あるいはこれを明確に排除する構造であるか。 - 争点3: 本件特許の有効性(先行技術GDM1・GDM6に基づく新規性・進歩性)
・クレーム1(付与時および補助請求2)のGDM1に対する進歩性の有無(特に材料としてのパルプ選択の自明性、および「フックとして機能するノーズ」の開示有無)。
・クレーム6(方法クレーム、付与時および補助請求2)のGDM1に対する進歩性およびGDM6に対する新規性の有無。 - 争点4: 被告製品による特許権侵害(文言充足性)の成否
被告製品の閉鎖機構が、補助請求2で維持された特許発明の構成要件を充足するか。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
(1) 手続上の規律(新主張・新証拠の制限)
統一特許裁判所手続規則(RoP)222.2条に基づき、第1審で提出されなかった事実および証拠は原則として却下される。Hartmann社が提出した新規証拠(Annex 31〜34)は第1審段階で入手・提出が可能であった上、本件判断における関連性も低いため却下された。他方、クレーム解釈は「法の問題(matter of law)」であるため、第1審で提出された事実・証拠の範囲内で行われる新たな法的解釈論の提出は許容される。
(2) クレーム解釈の規範と当てはめ
欧州特許条約(EPC)69条およびその解釈に関する議定書に基づき、クレームは当業者の視点から明細書および図面を参酌して全体として解釈されなければならない(NanoString v 10x Genomics, VusionGroup v Hanshow 等の法理)。
本件明細書では、従来の柔軟なフラップが有する欠点(製造・輸送コスト、自動機械による閉鎖時の多段階動作の必要性、ラベル面積の制約)を克服し、カバーを旋回させる単一動作(one mechanical operation)で確実に施錠できることが課題解決手段として開示されている。したがって、構成要件2.2の「上方に延びる保持突起」は、従来技術のヒンジ付き柔軟閉鎖フラップを排除する概念として解釈される。
(3) 有効性の判断(進歩性・新規性)
- クレーム1(付与時)の無効(進歩性欠如): GDM1は、材料(繊維材料)以外のクレーム1の全構成を開示している。優先日当時、鶏卵パッケージの素材としてパルプ(繊維材料)、段ボール、プラスチックが存在することは周知技術であり、限定された選択肢の中からパルプを選択することは当業者にとって自明であるため、進歩性を欠く。
- クレーム1(補助請求2)の有効維持(進歩性具備): 補助請求2で追加された「ノーズが開口部の下端に引っ掛かるフックとして機能する(nose working as a hook...)」構成について、GDM1の図面・記載にはフック形状やその作用は直接かつ明確に開示されておらず、当業者が自明に着想し得たともいえないため、進歩性を有する。
- クレーム6(方法クレーム・付与時)の無効(進歩性欠如): 原審はクレーム6を有効としたが、吸引成形およびオーブン乾燥自体は周知技術である上、成形時における変形補償のための相対的配置工程(構成要件6.3)は、吸引成形に伴う変形を熟知する当業者が日常的な製造現場での試行錯誤(routine testing)により当然に行う調整に過ぎず、GDM1に基づき進歩性を欠く。
- クレーム6(補助請求2)の有効維持: 補助請求2の減縮(フック機能等の追加)により、GDM6に対する新規性およびGDM1に対する進歩性が肯定される。
(4) 侵害性(構成要件非充足)の判断
有効に維持された補助請求2のクレーム1および6に照らすと、被告製品「ComPac」は、本件特許が意図的に排除した「柔軟な閉鎖フラップ(flexible closure flap)」を備えており、一体成形された「上方に延びる保持突起(ノーズ一体型)」を有していない。したがって、被告製品は構成要件2.2、2.2.1(および6.1.2.1)を充足せず、文言侵害は成立しない(なお、均等侵害の主張は控訴審においてHartmann社自身により取り下げられた)。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- UPC控訴審におけるRoP 222.2条の実務運用: 事実・証拠の新規提出については「第1審で提出できなかった正当な理由」および「関連性」が厳格に審査される一方、クレーム解釈等の純粋な法的論点の追加は「法の問題」として柔軟に許容される実務規範が再確認された。
- 素材置換における進歩性のハードル: 先行技術において材料が明示されていない場合であっても、当該分野における主要な周知材料(プラスチックとパルプ等)の選択は、特段の阻害要因や予期せぬ顕著な効果がない限り、当業者の裁量・日常的選択として進歩性が否定されやすい。
- 課題・従来技術批判に基づくクレームの限定的解釈と侵害成否: 特許明細書中で従来技術の特定構造(柔軟フラップ)の不都合性を強調し、単一動作での閉鎖等を課題として差別化を図っている場合、クレーム文言が広範であっても当該従来構造を排除するように限定解釈され、結果として侵害が否定されるという、権利化時と権利行使時における典型的なディレンマ(プロセキューション・ヒストリーに準ずる明細書解釈の制約)を示した重要先例である。
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