1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
当事者:
- 原告(本案訴訟)/ 被申立人: Merz Pharma France, Merz Therapeutics GmbH, Merz Pharmaceuticals LLC(以下「MERZ」)
- 被告(本案訴訟)/ 申立人: Viatris Santé(以下「VIATRIS」)
対象権利:
フランス補充的保護証明書(SPC No. 13C0033、基礎欧州特許 EP 2 377 536、対象製品:多発性硬化症治療薬「Fampridine」)
経過:
- 2025年7月31日: MERZがUPCパリ地方部(UPC Paris LD)に対し、VIATRISを相手方として仮処分(Preliminary Injunction)を申請。
- 2026年4月16日: VIATRISがフランスのパリ裁判所(Tribunal Judiciaire de Paris; Paris TJ)に対し、SPC 033の無効(Revocation)および不侵害確認(Declaration of non-infringement)、予備的に強制ライセンス(Compulsory licence)の付与を求めて本案訴訟を提訴。
- 2026年5月28日: MERZがUPC Paris LDに対し、VIATRISによるgeneric製品「FAMPRIDINE VIATRIS LP 10 mg」の販売等を理由とする本案の特許権侵害訴訟(Infringement Action)を提訴。
- 2026年7月6日: VIATRISがUPC手続規則(RoP)Rule 19.1(a)に基づき、先決的異議(Preliminary Objection)を申立て。
申立人(VIATRIS)の請求の骨子:
- 主的請求: EU改訂ブリュッセルI規則(BR I recast)第29条(1)・(3)およびRoP Rule 295(l)に基づき、Paris TJが「先受訴裁判所(Court first seised)」であるとしてUPC手続の停止および管轄の辞退(decline jurisdiction)を求める。
- 予備的請求1: 改訂ブリュッセルI規則第30条およびRoP Rule 295(l)に基づき、Paris TJにおける本案判決確定までの手続停止(Stay of proceedings)を求める。
- 予備的請求2: RoP Rule 295(b)および(m)に基づく手続停止を求める。
2. 判決の主文
1. VIATRISが申し立てた先決的異議(Preliminary Objection)を全面的に却下する。
2. RoP Rule 295に基づく訴訟手続の停止申請を却下する。
3. 訴訟費用の負担については、本案訴訟の判決において判断する。
3. 主な争点
- 争点1: 重複訴訟(Lis pendens - 改訂ブリュッセルI規則第29条)の適用の有無および「先受訴裁判所」の判断
(仮処分申請日をもって本案訴訟の受訴日とみなせるか、また国内裁判所における無効・不侵害確認訴訟とUPCにおける侵害訴訟が同一の訴訟物・訴訟原因(same cause of action / same subject-matter)を有するか) - 争点2: 関連訴訟(Related actions - 改訂ブリュッセルI規則第30条・RoP Rule 295条)に基づく裁量的訴訟停止の可否
(双方の訴訟に関連性が認められる場合において、矛盾判決の回避とUPCの手続の迅速性・効率性を照らし、手続を停止すべきか)
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
1. 先決的異議の不服申立手続上の適法性:
VIATRISによる先決的異議はRoP Rule 19.1所定の期間内に申し立てられたものであり、適法(admissible)である。
2. 争点1について:重複訴訟(改訂ブリュッセルI規則第29条)の不成立
- 先受訴時期の判断: MERZは仮処分申請日(2025年7月31日)をもってUPCが先受訴裁判所であると主張するが、仮処分手続と本案訴訟手続は目的も規律も異なる独立した手続である。仮処分申請が当然に本案訴訟の提起と同視されるわけではない(欧州司法裁判所(CJEU)のWinderwill判決(C-516/24)は法律扶助申請に関する事例であり本件には妥当しない)。したがって、本案訴訟の受訴時期としては、Paris TJ(2026年4月16日)がUPC Paris LD(2026年5月28日)に先んじている。
- 訴訟物・訴訟原因の同一性: Paris TJにおける訴訟(SPCの無効、不侵害確認、強制ライセンス)と、UPCにおける訴訟(SPCに基づく侵害差止・損害賠償等)は、訴訟の目的(aims)および核心(core)を異にしており、「同一の訴訟物・訴訟原因(same cause of action / same subject-matter)」が存在しない。したがって、改訂ブリュッセルI規則第29条の重複訴訟の規定は適用されない。
- 国内手続の受訴の有効性: MERZはVIATRISによるParis TJへの提訴がフランス知的財産法典L615-9条(事前協議期間)に違反し不適法と主張するが、UPCが国内法の提訴適法性を判断する必要はなく、実効的に裁判所が受訴した事実(2026年4月16日付の訴状交付)で足りる。
3. 争点2について:関連訴訟(改訂ブリュッセルI規則第30条)に基づく停止申請の不採択
- 関連性の存在: 両訴訟は同一の当事者、同一のSPC、およびVIATRISのFampridine製品の販売という同一の事実関係に関わるため、改訂ブリュッセルI規則第30条3項の「関連訴訟(related actions)」に該当する。
- 裁判所の裁量権と同条の適用基準: 改訂ブリュッセルI規則第30条は、要件を満たした場合であっても受訴裁判所に管轄辞退や手続停止を義務付けるものではなく、裁判所の裁量("may")に委ねている(UPC控訴審決定AYLO v DISH(UPC_CoA_188/2024)参照)。
- 本件事実に対する当てはめ:
- Paris TJでSPCが無効化されれば、UPCの侵害訴訟(差止命令等)に影響を与え得る。しかし、UPCは提訴から12か月以内に決定を下す厳格なタイムライン(RoP前文第7項、Rule 28等)を採用しており、本件では2027年5月末までに口頭審理が予定されている。他方、国内裁判所での審理期間は当事者の進行態度に依存し、遅延する可能性が高い。
- VIATRISはUPCでの仮処分手続後に国内裁判所へ提訴し、かつUPC控訴審においてSPCの有効性異議を取り下げた経緯がある。このような状況で手続停止を認めると、UPCの基本理念である「迅速かつ効率的な手続運営」(RoP前文第4項)を著しく損なう。
- 仮にUPC判決後にParis TJでSPCが無効と確定した場合、事後的に差止命令等の効力が失われるため、当事者はその結果に応じた解決を図ることが可能である。
- 結論: したがって、改訂ブリュッセルI規則第30条およびRoP Rule 295(b)・(m)に基づく手続停止を行う合理的理由はなく、申請をすべて却下する。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- 仮処分手続と本案訴訟の受訴時期の分断:
仮処分申請手続(Provisional measures)が先行して存在していても、それが本案訴訟(Action on the merits)の受訴日(date of seisation)として引き継がれることはないというUPCの明確な見解が示された。国際的管轄権の競合を判断する際、本案訴訟の受訴日は本案訴状の提出・送達日を基準に厳格に判断される。 - 「侵害訴訟」と「無効・不侵害確認訴訟」における重複訴訟(29条)の非適用:
国内裁判所での「無効・不侵害確認訴訟」とUPCでの「侵害訴訟」は、改訂ブリュッセルI規則第29条の「同一の訴訟物・原因」には当たらない。したがって、被告が国内裁判所に先手を取って不侵害確認・無効訴訟を提起(いわゆるTorpedo訴訟的アプローチ)した場合であっても、29条によるUPCの義務的管轄辞退・手続停止を回避できる。 - 関連訴訟(30条)におけるUPCの迅速性最優先のスタンス:
国内裁判所との間に関連訴訟(30条)が認められる場合であっても、UPCは「12か月ルール」に基づく自庁手続の迅速性を重視し、裁量による手続停止を極めて限定的にしか認めない姿勢を鮮明にした。国内裁判所で将来的に無効判決が出るリスクがあっても、「後から差止の効力が消滅すれば足りる」として実用的な解決を優先している点は、実務上極めて重要である。 - 先決的異議(Preliminary Objection)の不服手続としての定着:
改訂ブリュッセルI規則第30条やRoP Rule 295に基づく手続停止要請は、RoP Rule 19の「先決的異議(Preliminary Objection)」の枠組みで審理されることが、UPC控訴審判例(MALA v NOKIA, UPC_CoA_227/2024)を踏まえて定着している。
0 件のコメント:
コメントを投稿