1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
【当事者および特許】
原告(特許権者):VALEO SYSTEMES D’ESSUYAGE(以下「VALEO」)
被告(被疑侵害審判請求人):ROBERT BOSCH DOO 外5社(以下「BOSCH」)
対象特許:EP 4144599 B1
【主要な事実経過】
- 2025年12月12日: VALEOがBOSCHに対し、統一特許裁判所(UPC)パリ地方部において特許権侵害訴訟(UPC_CFI_1963/2025)を提起。
- 2026年4月13日: BOSCHが答弁書および特許無効の反訴(UPC_CFI_1247/2026)を提出。
- 2026年4月30日: 被告側証拠(BP 6, BP 7, BP 8)の機密性保護に関する秘匿決定(Ordonnance de confidentialité)が発出。
- 2026年6月15日: VALEOが侵害訴訟の認否/反訴答弁書を裁判所案件管理システム(CMS)に提出。その際、機密情報を黒塗りしたマスク版(「M」:Mutual/当事者共有用)と非マスク版(「HC」:Highly Confidential/裁判所専用)を同時提出。
- 2026年7月16日: BOSCHが担当裁判官(Juge-rapporteur)に対し、UPC手続規則(RoP)R.9.3に基づく期間延長請求を提出。理由として、(1) VALEOの提出書面の非マスク版を閲覧できず防御権の行使が妨げられたこと、(2) 該当書面が無効反訴のCMS手続き回路(UPC_CFI_1247/2026)ではなく侵害訴訟の回路(UPC_CFI_1963/2025)のみに提出されたことを主張し、非マスク版を受領した時点からの提出期間再始動を求めた。
- 2026年7月16日: 担当裁判官の指示に基づき、書記官が非マスク版をCMS上の「M」カテゴリーへ配置しBOSCHの閲覧権限を有効化。VALEOはBOSCHの不注意・怠慢を理由に申立ての棄却を主張。
2. 判決の主文
1. BOSCHによる手続期間延長請求(R.9.3 RdP)を棄却する。
2. RoP R.29(d)に基づき被告(BOSCH)に割り当てられた提出期限は、VALEOがCMSに前回書面を提出した「2026年6月15日」から起算して進行するものとする。
3. 主な争点
- 争点1: 機密情報がマスクされた主張書面へのアクセス遅延を理由とする手続期間の延長(RoP R.9.3)の可否
(当事者が自ら速やかにアクセス権限の調整等を要求しなかった場合、当該怠慢を理由とする期間延長請求が認められるか) - 争点2: 関連する本訴(侵害訴訟)と反訴(無効訴訟)におけるCMS提出ルートの欠陥と不利益(grief)の有無
(双方の手続がCMS上で紐付けられている場合において、一方の案件番号の回路にのみ書面が提出されたことが不利益を生じさせるか)
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
【争点1に関する判断】当事者の注意義務違反と期間延長請求の不寛容
裁判所は、以下の理由に基づきBOSCHの期間延長請求を棄却した。
- VALEOは2026年6月15日の書面提出時に、マスク版と同時に非マスク版をCMS上に適法に提出していた。
- 書面中でマスクされていた部分は、2026年4月30日の秘匿決定の対象となったBOSCH自身の提出証拠(BP 6, BP 7, BP 8)からの引用であった。したがって、BOSCHは自ら内容を認識し得る立場にあった。
- BOSCHは、6月15日の提出以降、1ヶ月以上にわたり閲覧権限に関する不備を不服として書記官や相手方代理人に問い合わせるなどの必要な法的手続・問合せ(diligence)を怠っていた。7月16日に申立てがなされた直後、書記官の簡素な指示によって問題は直ちに解消された。
- 自らの怠慢(négligence)によってアクセス確認を怠っていた当事者が、それを理由として手続期間の延長を主張することは認められない。
【争点2に関する判断】併合・関連事件におけるCMS運用の実質的判断
裁判所は、反訴用回路への書面未提出に基づく主張を不適法・無論拠として退けた。
- 本訴(侵害訴訟)と反訴(無効訴訟)の手続きはCMS内で相互にリンクしている。
- BOSCH自身も2026年4月13日において、侵害答弁と無効反訴を統合した単一の書面を提出しており、両案件の併合審理(joint hearing)を求めていた。
- したがって、VALEOが侵害訴訟のCMS回路にのみ書面をアップロードしたことは、BOSCHに対して何ら具体的な不利益(grief)を与えるものではない。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- UPCにおける手続期間厳守原則とR.9.3の厳格運用: UPC裁判所(特にパリ地方部)は、手続の迅速性(Front-loaded system)を重視しており、当事者の怠慢(lack of due diligence)に起因する期間延長請求(R.9.3 RdP)に対して非常に厳格な態度をとる。CMS上でのアクセス障害や閲覧不備が生じた場合、速やかに書記官(Registry)等へ連絡して不備を解消する積極的義務が当事者に課される。
- 機密保持命令(Confidentiality Order / R.262A)に基づく実務上の留意点: 自社が提出した機密証拠が相手方書面で引用・黒塗りされている場合、アクセス権限の設定不備(MとHCの振り分けエラー等)があっても、「自社の証拠であるため実質的な不利益がない」と判断されるリスクがある。閲覧不能が判明した時点で直ちに手続的対応を行わなければ、防御権侵害を理由とする手続遅延策は遮断される。
- CMS(案件管理システム)の二重管理回避: 本訴と反訴が併存する訴訟構造において、CMSの特定回路への単一提出が手続上の瑕疵とみなされるか否かは「実質的な不利益(grief)の有無」により判断される。実務上はCMSシステム上の紐付け状態を確認しつつ、双方の回路へアクセス・確認を行うことが推奨される。
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