【UPC Paris Local Division / 2026年07月31日】UPC_CFI_583/2025 & UPC_CFI_1435/2025 - 特許権侵害訴訟および無効反訴に対する最終判決(EP 1 725 627 B1)

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

【当事者】
原告:Bostik, Inc.(米国法人、Arkemaグループ傘下の接着剤メーカー)
被告:Henkel France、Henkel AG & Co. KGaAを含むHenkelグループ欧州法人6社(ドイツ、フランス、オランダ、イタリア)

【事実経過および請求内容】
原告は、熱感応性食品(チョコレート、キャンディ等)向けコールドシール用接着剤に関する欧州特許(EP 1 725 627 B1、以下「本件特許」)の特許権者である。原告は、被告らが製造・販売するコールドシール用コーティング製品「Loctite® Liofol」シリーズ(CS 7300-21, CS 22-861等)が本件特許のクレーム1等の技術的範囲に属し、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、スペイン、英国において特許権を侵害していると主張して、侵害差止、損害賠償(暫定額900万ユーロ)、情報提供(UPCA 67条)および判決公表等を求めて統一特許裁判所(UPC)パリ地方分会に本訴(UPC_CFI_583/2025)を提起した(なお、一部対象製品についての請求は口頭弁理前に取り下げられた)。
これに対し、被告らは侵害を否定するとともに、本件特許には新規事項追加(Added Matter)、実施可能要件違反、新規性欠如および進歩性欠如の無効理由が存在するとして無効反訴(UPC_CFI_1435/2025)を提起した。これに対し原告は予備的に3段階の訂正請求(Auxiliary Requests 1–3)を提出した。

2. 判決の主文

1. 原告 Bostik, Inc. がHenkelの製品「Liofol CS 7500-22」および「CS 7416」に関して請求を取り下げたことを確認する。
2. 欧州特許 EP 1 725 627 B1 を、特許付与時の状態および原告の予備的訂正請求(Auxiliary Request 1)に基づく補正状態の双方において、全クレームについて無効とする。
3. 原告 Bostik, Inc. の侵害訴訟に基づく請求をすべて棄却する。
4. 原告 Bostik, Inc. に対し、本件訴訟費用の全額負担を命じる。

3. 主な争点

  • 争点1: クレーム解釈(構成要件の認定と「剥離可能かつ再封不能(Peelable and Non-Resealable: PNR)」の法概念)
    クレーム1における組成特徴(1.1)と機能的特徴(1.2)の関係、並びに「再封不能(Non-resealable)」および「凝集強度(Cohesive strength)118.11 g/cm以上」の解釈。
  • 争点2: 新規事項の追加(Added Matter / 不許容な中間的一般化:EPC 138条1項(c)号)
    出願当初の明細書における「最低結合強度(minimum bond strength)」の開示に対し、特許付与時に「凝集強度(cohesive strength)」のみを118.11 g/cm以上と限定し、対基材接着強度(adhesive strength)の最小値要件を排除したことが、不許容な中間的一般化(Intermediate Generalisation)に該当するか否か。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

(1)クレーム解釈の規範と当てはめ

UPC控訴審判例(NanoString v 10x Genomics等)の解釈原則に基づき、EPC 69条およびその解釈プロトコルに従って当業者(本件では接着技術および食品包装分野の化学・物理化学エンジニア)の視点からクレームを解釈した。

  • 組成特徴と機能的特徴の結合:クレーム1の成分組成(1.1)と乾燥・圧着後の物性・機能特性(1.2)は不可分に結合しており、当業者から見て全体の技術的手段として一体的に解釈される。
  • 「剥離可能かつ再封不能(PNR)」の意義:PNRシステムにおいては、コーティング材自身の自己凝集力が基材に対する接着力よりも強く(凝集強度 > 接着強度)、開封時にはコーティングが片方の基材から完全に剥離する「接着破壊(Adhesive failure)」が生じることが必須とされる。再封不能とは、一度開封した後に再度圧着しても、元の封止状態よりも著しく弱い結合しか形成されない状態を意味する。
  • 凝集強度(Cohesive strength)の限定:クレーム1.2.2の「少なくとも 118.11 g/cm」という数値は、基材の種類を問わず、いずれかの基材において封止部の凝集強度が同数値に達していれば充足されると解釈した。

(2)新規事項追加(Added Matter / EPC 138条1項(c)号)に基づく特許無効の判断

UPC控訴審の標準的規範(Abbott v Sibio等)に従い、出願当初の明細書全体から当業者が直接かつ一義的(directly and unambiguously)に導き出し得る開示内容と、特許付与後のクレーム範囲を比較検証した。

  • 原出願の開示内容:出願当初の明細書段落[0005]においては、「最低結合強度(minimum bond strength)として少なくとも118.11 g/cmを提供する」旨が記載されていた。
  • 「結合強度」と「凝集強度・接着強度」の技術的関係:剥離試験において測定される「結合強度(bond strength)」とは、構造体の中で最も弱い箇所で破壊が生じる際の強度を指す。剥離が「接着破壊(Adhesive failure)」の形態をとる場合は接着強度が結合強度となり、「凝集破壊(Cohesive failure)」の形態をとる場合は凝集強度が結合強度となる。したがって、出願当初に開示された「最低結合強度 118.11 g/cm」とは、凝集強度および対基材接着強度の双方が118.11 g/cm以上であることを直接かつ一義的に前提・意味している。
  • 付与特許における拡張(中間的一般化):特許付与されたクレーム1は、「凝集強度(cohesive strength)が少なくとも118.11 g/cmであること」のみを構成要件として抽出(孤立化)し、対基材接着強度については下限値を規定しなかった。その結果、クレーム1は「凝集強度は118.11 g/cm以上であるが、対基材接着強度が118.11 g/cm未満である実施態様」までも権利範囲に包含することとなった。
  • 結論:原出願には接着強度が118.11 g/cm未満である実施態様を認める根拠や示唆は一切存在しない。結合強度という統合的概念から凝集強度のみを切り出し、接着強度の最小要件を欠落させた補正は「不許容な中間的一般化(unallowable intermediate generalisation)」に該当し、原出願の開示範囲を超える主題を追加したものと認められる(EPC 138条1項(c)号違反)。

(3)予備的請求および侵害請求の棄却

原告の予備的訂正請求(Auxiliary Requests 1–3)は、いずれも組成割合の制限に関するものであり、上記の中間的一般化(新規事項追加)の無効理由を解消するものではないため採択できない。
したがって、本件特許EP 627は全クレームについて無効であり、無効な特許権に基づく原告の侵害差止および賠償請求等の本訴請求はすべて棄却された。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 数値限定パラメータの分離抽出(中間的一般化)に対する厳格性:
    原出願において統合的な物性値(本件では「結合強度」)として開示された数値要件から、特定の個別要素(「凝集強度」)のみを抽出して補正・クレーム化し、従属する他の要素(「接着強度」)の限定を解除・緩和する行為は、UPC実務においても厳格に「不許容な中間的一般化」と判断される。出願・権利化実務(EPO/UPC対応)において、上位概念的または対となる物性パラメータを補正する際は、権利範囲が原出願の技術的範囲を超えて不当に拡張されないよう厳密な裏付け条文の確認が必要である。
  • UPCにおける審理の迅速性と無効理由の選択:
    パリ地方分会は、新規事項追加の無効理由(EPC 138(1)(c))が肯定された段階で、新規性・進歩性・実施可能要件等の他の争点についての判断を合理的に省略し、迅速に特許無効および本訴棄却の終局判決を導出した。UPC実務における訴訟経済重視の審理姿勢が顕著に表れている。
  • 機能的クレームにおける物理メカニズム解釈の重要性:
    「剥離可能かつ再封不能(PNR)」という機能的文言について、裁判所は当業者の技術常識に基づき「接着破壊(Adhesive failure)」の発生という物理的メカニズムと結びつけて緻密な解釈を行った。機能的表現を用いる特許出願においては、その裏付けとなる破壊モードや物理現象の定義が出願書類に十全に記載されているかが勝敗を分ける。

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